短編サイコパス小説
記憶の狂気
私には生まれつきアザがある。
右腕を被う大きなアザ、そして顔を被う大きなアザが。

幼い頃はこのアザのせいでよくいじめられたものだ。それは大人になった今でも変わらない。

初対面の人や街ですれ違う人々が私の顔を見ては気まずそうにする。

すぐ目線を外す人、じっくりと凝視する人、チラチラと見ないふりして見る人など反応は様々だ。

大抵の人はアザの事を聞いてはこないが、露骨にアザの事を聞いてくる人もいる。表情に出す人もいる。無視したり避けたりする人もいる。

こういうのをユニークフェイスと言うらしい。全然ユニークな気はしないが。もうこんなことには慣れっこだ。昔はとても傷ついた。自分の境遇を悲観して何度、死のうと思ったことか。

腕は長袖で隠せても顔いっぱいに広がったアザはメイクやマスク、髪型でさえ隠せない、とても大きなアザ。

私を生んだ母親は最初に私を見て、どう思ったのだろう?絶望しなかったのだろうか?
口では、「そんなの気にしていない」「生まれてきてくれて嬉しかったよ」と言われた事はあるが本音は違うのだろうと、幼心に感じていた。

やがて私は思春期になるにつれ人が怖くなり心を閉ざしていった。外で遊ぶことが大好きだったが家から一歩も出なくなった。不登校にもなった。
たまに外出したかと思えば万引きをして警察に補導された事が何度かあり両親には迷惑をかけた。
友達もいなく家にも居場所はないと思っていた。私は常に孤独であった。

唯一の友達は犬のぬいぐるみだった。
金色の毛がふさふさとしたゴールデンレトリバーの犬のぬいぐるみ。名前はリボンちゃん。いつも話しかけては一緒にベッドで寝た。子供の頃の大切な記憶。

そんな大切にしていたぬいぐるみだったが、いくら探してみても見つからない。母親が捨てたのだろうか?

子供の頃とはいえ大切にしていた宝物を亡くすというのはとても悲しいものだ。

私は母親に聞いてみた。と言っても、私は母親とはおろか家族とも口をきかない。そう、私はひきこもりなのである。家族は私を厄介者と思っているに違いない。唯一話せるのは母親だけである。と言っても一言二言が限界だ。

私「小さい頃よく遊んでた犬のぬいぐるみ知らない?」
母「ぬいぐるみ?知らないよ、どこかにあるんじゃない?」
私「あぁ…」
会話はそれで終わった。

母親を愛していないわけじゃないけどこれが精一杯の接し方。ちなみに父親と弟とは全く口をきかない。少なくとも私からは話しかけない。

「さて、母も知らないとなるとやはりどこかにあるのだろうか?…」

私はベッドに横になりながら目をつむり、断片的で僅かで微かな記憶を逆戻りしていた。
高校時代、中学時代、小学時代、幼稚園…

当時の記憶が思い出される。

「ぬいぐるみはどこにしまったのだろう?」

記憶を巡らしているうち、ある光景が脳裏に浮かんできた。

夕暮れの柔らかなオレンジ色の陽射しが射し込む私の部屋…
記憶の中の幼い私は背を向けて何やら一定の動作を繰り返している。

「何をしているのだろうか?」

一心不乱に何かの動作を繰り返している…
左手で何かを押さえつけ右手は上下を繰り返す…

「右手に持っているのは?…」
「…ナイフ?」

記憶の中の幼い私はナイフを右手に持ち遊んでいると思った。

「ナイフなんか持って危ないなぁ」
「見てられない、気をつけなよ」

私は他人事のように心の中で呟きながら、その光景をしばらく見ていた。と、その時、母親がいつの間にか現れてナイフを取り上げたかと思うと、強めの口調で
「やめなさい、何してるの」
と私に注意してきた。

一体何事だろうと、もっと深く記憶に入り込む私…

横たわっている物体を覗き込むと、そこにはズタボロになった犬のぬいぐるみが…

そう、幼き日の私が大切にしていた宝物であるはずの、犬のぬいぐるみをナイフで一心不乱に突き刺していたのだ。中綿が飛び出すほどぐちゃぐちゃに傷つけていた。

犬のゴールデンレトリバーのぬいぐるみのリボンちゃんには、真新しい赤黒い血痕が所々に染み付いていた。

よく見ると幼い私の左手や右手にも血が付いている。どうやら知らぬうちにナイフで自分の手をも傷つけていたのだろう。

母親は私を叱った。私は泣いていた。その記憶の中の光景を目の当たりにした私は背筋に汗が噴き出すのを感じていた。

母「なぜこんなことしたの、痛い痛いって言ってるよ」
私「…(泣)」
母「このナイフはどこから持ってきたの」
私「…(泣)」
母「黙ってちゃわからないでしょ」
私「…(泣)」
母「何とか言いなさい」
私「…(泣)」

そんなやり取りの後、母親は部屋から出ていった。無惨な姿に変わり果てたリボンちゃんと私だけが取り残され、しばらく長い沈黙だけがこの部屋の空気を支配していた。

私は何とも思わなかった。ナイフで宝物のぬいぐるみを傷つけたことを。自分の傷口を舐めながら物足りなさを感じていた。この時、私は血の味を知った。もっと舐めたいと思った。できれば自分の血ではなく誰かの何かの血を…

そう、記憶がみるみる甦ってきた。ぬいぐるみを亡くしたと思っていたが私が棄てたのだ。ナイフでズタボロに傷つけ手足や頭を力一杯、ひきちぎりバラバラにして無造作にゴミ箱へ…

後悔なんかしていない。私はこの時、無表情だったと思う。
大切にしていたはずなのに、大切であればあるほど傷つけたくなる。壊したい衝動に駆られる。
それは大人になった今でも変わらない。

記憶から現実へと舞い戻り、静かに目を開き、謎が解けたような清々しい気分だ。

この瞬間、私は心の奥底に封印していた闇の負の部分が解き放たれた感覚を覚えた。

どれくらいたっただろう。
気が付けば私は右手に血塗れの包丁を持ち放心状態でたたずんでいた。

我に返った私が目にした光景は、血の海に横たわった父親、母親、弟の変わり果てた姿だった。

帰り血を浴びた私の顔や右腕は、元々そこに大きなアザなどはなかったかの如く赤黒い血液で汚れていた。

生きた血の味は温かかった。私は包丁に滴る血を舌なめずりしながら優しく笑っていた。

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